EXPLORATION

░ 遊行遊鼓 ⿻ Let's go OKAYAMA!!! ░

西暦2017年1月11日、遊鼓を叩きながら東京から移住先の岡山県高梁市有漢町までの約770kmの道のりを歩く「 遊行遊鼓 ⿻ Let's go OKAYAMA!!! 」を完遂し、様々なメディアに取り上げていただく。

░ 遊行遊鼓 ⿻ ハブの原郷ワタリ ░

西暦2017年3月11日、東京から亡き祖父母の故郷である宮城県亘理郡まで遊鼓を叩き歩く「 遊行遊鼓 ⿻ ハブの原郷ワタリ 」を完遂。

偶然にもゴールが3月11日となり、八重垣神社にて奉納演奏させていただく。

遊行遊鼓 遊び書き

一、

映画を専攻していた大学時代、「ウミヒコヤマヒコマイヒコ」という田中泯のダンスロードムービーを見た。

ダンサーの田中泯がインドネシアの村々を訪ね踊るという内容なのだが、この作品は間違いなく僕の人生に深く爪痕を残した。

その場所で感じる何かを全身で受けとめ、動いたり動かなかったりしながら、不気味だがとても自然に風景に溶け込み、一体何をしているのか全く意味不明なのだが、その踊りは見ていて本当に清々しかった。なんて自由なんだろう。僕もこんな風に生きたい。そう思った。

この映画を見た直後、実際にインドネシアのジャワ島に渡航できるチャンスに恵まれ、一カ月はガムラン音楽の修行、もう一カ月は映画の撮影をした。

「ウミヒコヤマヒコマイヒコ」に始まった感動はジャワ島の滞在で膨らみ、僕の物の見方根本そのものに変革が訪れた。

僕が映画を撮影したり上映したりするなかで一番曖昧でわからなかった事が、ジャワ島では明確だった。

それは映画というものを当たり前のように作っているがそもそも「この映像は一体誰に向けて撮影しているのか?この演技は一体誰に向けて演技しているのか?」ということだった。

そして撮影が終わりそれをいざ実際に上映する際にも、いつも当たり前のように決まったような場所で上映しているが、よくよく考えてみると一体なんでそのような環境をわざわざ選んで上映しているのかよくわからなかった。

映画の撮影から上映までのプロセスにおいてほとんど無自覚だし、なんだか腑におちないことばかりだった。

しかしながら、その曖昧で靄がかった感覚はジャワ島で体験した数々の芸能によって吹き飛ばされる事となった。

ジャワ島の芸能の世界は僕が身を置いていた映画の世界とはまるで違っていた。

彼らは演じるまえに神に祈りを捧げていた。

そしてそれらは映画上映のように外との関係を断ち切るというわけでもなく、風も虫も人間も匂いも全ての出入りが自由な状態で上演されていた。屋根はあるけどほぼ野外といった感じだ。

映画を撮影する際、毎回祈りを捧げる演者なんていないだろうし、上映する際は真っ暗闇の完全無音、途中入退場禁止が普通だ。

全く違う世界だ。

僕は全身から鱗が落ちた。

「ウミヒコヤマヒコマイヒコ」にも共通して言える事だが、「人間だけに向かって表現していない」という、そもそもの基本的な前提が全く違うという事を目の当たりにしてしまったのだ。

映画を動物や植物に向けて上映している人は、まず見たことがない。

目に見えぬ神々、空気、人、動物、植物、その森羅万象の全てと関係しその身を捧るその姿を見て、僕はもう一度ゼロからやり直したいと思った。

僕がこのまま映画を撮り続けた所で何も生まれない。

日本に帰った僕はカメラを捨て、仲間たちと「やちゃおう倶楽部」というグループを結成し、不器用ながらも身一つで人前に立ち始めた。

今現在やっている事もその当時にやっていた事の延長線上にある。

いったい何に向かって音を出すのか。踊るのか。歌うのか。

もちろん人がいないと何も始まらないが、それだけではないはずだ。

人間だけの世界ではないようなところで思う存分に交感したい。

ジャワ島の人たちと同じような事をしようとは思わないし、できるとも思わないが、今の演奏活動をしているだけでは擦り切れてしまいそうで、忘れてしまいそうで、薄まってしまいそうな感覚。

海、山、町、などの道々を好きなだけ歩いてり走って、遊鼓を叩いて歌って踊って。

人間だけの世界ではないようなところでお話をしたかった。

二、

物語はどのように発生してくるのか?

その当時パフォーマンス作品を制作していた頃の大きな問いの一つだった。

交通が発達する事で距離は消費され、外食産業やコンビニエンスストアの台頭により食は消費され、何もかも消費するだけのインスタント生活。

ここからはヒリヒリするような力強い物語は生まれてこないような気がした。日々の生活を通し、直感的に物語というのは道を歩くなかから発生してくるのではないかと思うようになってきた。

そのような事を考えてる頃、大阪で野田秀樹さんのワークショップに参加する事が決まり、それじゃあ思い切っていっそ東京から大阪まで歩いてみよう!と瞬間的に思い立ったのだった。

新幹線であれば数時間のところ、12日間かかった。

道の記憶が体の血肉となり、道に全てがある、そう感じた。

自らの身の丈を使って地球を計れた喜びは計り知れなかった。

そしてこの時気づいた事は、何よりも歩く事自体が何よりも喜びに満ちているという事だった。

全身の細胞が生き生きしてくるのをヒシヒシと感じた。

当初は色んな目的や意味があったのかもしれないが、全ては削ぎ落ちてゆき、全身をぶつけた旅路はただただ楽しかった。

なんでかわからないが本当に楽しい、目的がありそうで意味がありそうで、なんだかんだそれに尽きる。

さらに数年後、奇遇にも同じような事を感じ、同じ時期に同じ道を歩いていたミュージシャンと出会う。その名もチェ・ジェチョル。

チェさんは東京から福岡まで太鼓を叩いて歩き通していたのである。

それからチェさんとは意気投合し、時たま一緒に太鼓を叩きながら歩いたり、山を越えたりしている。

太鼓叩き歩きの素晴らしき先輩です。

歩く事は人生で一番好きな事かもしれない。